今年の3冊(2012年)

さて、締めくくりに今年読んだ本と印象に残った三冊をメモとして残しておきたいと思います。

□今年読んだ本(読んだ順番で)
『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル
『リーディングズ 都市と郊外』今橋映子・編
『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン
『卵をめぐる祖父の戦争』デイヴィッド・ベニオフ
『グランド・ブルテーシュ奇譚』バルザック
『知られざる傑作』バルザック
『13時間前の未来』(上・下)リチャード・ドイッチ
『排出する都市パリ』アルフレッド・フランクラン
『民衆騒乱の歴史人類学』喜安朗
『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ
『罪悪』フェルディナント・フォン・シーラッハ
『夢の消費革命』ロザリンド・H・ウィリアムズ
『ウィンドウ・ショッピング』アン・フリードバーグ
『文豪怪談傑作選 川端康成集』川端康成
『サンゴバン』中島智章ほか
『闇をひらく光』ヴォルフガング・シヴェルブシュ
『オペラ座の怪人』ガストン・ルルー
『パリ 地下都市の歴史』ギュンター・リアーほか
『LAヴァイス』トマス・ピンチョン
『競売ナンバー49の叫び』トマス・ピンチョン
『パリ モダニティの首都』デヴィッド・ハーヴェイ
『アイ・コレクター』セバスチャン・フィツェック
有害コミック撲滅!』デヴィッド・ハジュー
『ブルックリン』コルム・トビーン
『ブルックリン・フォリーズ』ポール・オースター
『みちのくの人形たち』深沢七郎
『暴行』ライアン・デイヴィッド・ヤーン
『殺す』J・G・バラード
『森の奥へ』ベンジャミン・パーシー
『熊』ベルント・ブルンナー
『異界を旅する能』安田登
『ホーンズ』ジョー・ヒル
ハートシェイプト・ボックスジョー・ヒル
残穢小野不由美
『鬼談百景』小野不由美
『オオカミの護符』小倉美恵子
『ゴースト・ハント』H・R・ウェイクフィールド
『漁師はなぜ、海を向いて住むのか?』地井昭夫
『蘆屋家の崩壊』津原泰水
『生きていく民俗』宮本常一
『ピカルディの薔薇』津原泰水
『占領都市』デイヴィッド・ピース
ラカンの殺人現場案内』ヘンリー・ボンド
ラカンはこう読め!』スラヴォイ・ジジェク
ラカン』フィリップ・ヒル
『社会問題の変容』ロベール・カステル
『中村雅楽探偵全集3 目黒の狂女』戸板康二
『都市が壊れるとき』ジャック・ドンズロ
『ディミター』ウィリアム・ピーター・ブラッティ
『バーニング・ワイヤー』ジェフリー・ディーヴァー
『レッドアローとスターハウス』原武史
『刑事一代』佐々木嘉信
『64(ロクヨン)』横山秀夫
『キャリー』スティーヴン・キング(再読)
『陰の季節』横山秀夫(再読)
ザ・ウーマンジャック・ケッチャム
『桶川ストーカー殺人事件』清水潔
『ヒトは食べられて進化した』ドナ・ハートほか
『黒い看護婦』森功
『ピダハン』ダニエル・L・エヴェレット
『顔 FACE』横山秀夫
『記号と再帰田中久美子
『江神二郎の洞察』有栖川有栖
(『ソロモンの偽証』宮部みゆき

以上64作品のエントリーとなりました。こうやって書き出してみると、前半は外国の著作、後半は日本の著作が多いようですね。とくに意識はしていないのですが。。。それではさっそく「フィクション部門」と「ノンフィクション部門」に分けて、それぞれ印象に残った三冊をご紹介します。三冊の順位はとくにありません。読んだ順番でのご紹介です。


【フィクション部門】

■『LAヴァイス』トマス・ピンチョン
 『競売ナンバー49の叫び』、『ヴァインランド』に続くピンチョン<カリフォルニア三部作>の第三作目にあたる本書。昨年、『ヴァインランド』を読んだときに、じつはピンチョンとエルロイって似ているんじゃないかという感覚があったのですが、この『LAヴァイス』では、さらにその感じを強くもちました。そして今回、一作目の『競売ナンバー49の叫び』も併読して見えてきたのが「スプロールする空間としてのカリフォルニア」というテーマです。全米を覆う電話網のなかを漂う幽霊の声で幕を開ける『競売ナンバー〜』から、インターネットの前身であるARPAネットワークで幕を閉じる『LAヴァイス』。そこには、物理的な空間だけでなく電脳空間へとスプロールしていくカリフォルニアが描かれていました。そんなふうに読んでみると<カリフォルニア三部作>は、ジェイムズ・エルロイの<アンダーワールド>とウィリアム・ギブソンの<サーバースペース>の間隙を埋める作品ともいえるんじゃないか・・・そんな妄想を刺激してくれる一冊でした。

LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)

LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)

■『暴行』ライアン・デイヴィッド・ヤーン
 1960年代のニューヨークで実際に起こった事件をベースとし、自宅アパートで暴漢に襲われた女性が死にいたるまでの二時間を、複数の目撃者や関係者の視点から描いた本書。『ブルックリン』の舞台となった50年代のブルックリンが「徒歩の空間」だとすると、『暴行』で描かれる60年代のクイーンズは、一転して「自動車の空間」という印象を受けます。職場と自宅という二点のあいだを自動車が行き来する場面は、あたかも宇宙空間を移動する宇宙船のように孤独で、外には人と人との接触を阻む虚無的な空間が広がっているよう。そして、その虚無を超えて人びとが出会うのは、強盗殺人、交通事故、夫婦交換、自殺未遂といったネガティブな接触ばかり。事件の当事者よりもむしろ傍観者たちそれぞれのやりきれない時間を描くことで、読む者に癒しがたい「孤独」がべったりこびりついてくるような一冊でした。

暴行 (新潮文庫)

暴行 (新潮文庫)

■『64(ロクヨン)』横山秀夫
 「そういえば、横山秀夫って最近新刊ないですね・・・どうしたんですかね?」 突然思い出して隣に座る横山ファンの先輩に尋ねたのは、昨年のことだっただろうか。以来、二人して思い出しては「横山秀夫」をネットで検索してみたのですが、「どうやら生きているらしい」ということ以外あまりはっきりしたことはわからず、なんともモヤモヤした時間を過ごしてきました。そして今年。近刊案内に「横山秀夫」の文字をみたときの興奮といったら!そして、発売日に書店に並んでいる書影を目にしたときの歓喜といったら!しかし、これだけ期待値があがってしまうと、かえってガッカリしてしまうのではないかというおそれを抱きつつページをめくる・・・そんな心配をよそに、そこには間違いなく「あのD県警」庁舎が圧倒的な存在感をもって屹立していました。息詰まるほどの濃密で重苦しい空気。徹夜しているわけでもないのに、読み進めるうちに脳がヒリヒリしてくるような緊張感と疲労感。プロットを追う理性が、やがて情動にねじ伏せられてしまう横山ワールド。年末の「このミス」では、ぶっちぎりで国内一位を奪取しました。さっそく、その朗報を先輩にメールで送信。タイトルは「仏契!」と。すかさず返ってきたメールのタイトルは「夜64苦!」。そう、警察小説隆盛のいま、堂々の王の帰還です。夜64苦!!

64

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【ノンフィクション部門】

■『漁師はなぜ、海を向いて住むのか?』地井昭夫
 漁師の住居と漁村の空間分析から日本漁業の本質や精神性までを見通す表題作をはじめ、さまざまな「生業」と「空間」の関係を論じてきた著者の小論集。使用が空間に隷属するのではなく、あたかも空間から使用が励起してくるような不思議な感覚は、以前読んだ『スケートボーディング 空間 都市』に通じるように感じました。

漁師はなぜ、海を向いて住むのか?

漁師はなぜ、海を向いて住むのか?

■『ラカンの殺人現場案内』ヘンリー・ボンド
 「あの精神分析派のラカンが探偵となって殺人現場を調査したら、果たしてどのような推理を行うのだろうか?」という、なんとも刺激的なアイデアに基づいて展開されるラカン思想の解説書。はじめは『もしドラ』的な入門書を想像したのですが、1950年代〜70年代に実際にイギリスで発生した殺人事件の現場写真が多数掲載されたシリアスな(というか、グロい)構成で、著者もいたってまじめにラカンの思想を解いています。ぼくにはちょっとハードルが高過ぎてラカンの思想を理解するところまではいたりませんでしたが、けっこう夢中になって読めた一冊でした。よく考えて見ると、本書も、「空間」と「精神性」の関係を論じた本だといえるかもしれませんね。

ラカンの殺人現場案内

ラカンの殺人現場案内

■『社会問題の変容』ロベール・カステル
 「賃金労働の年代記」という副題が示すとおり、封建制の中世にあってもっとも不安定な身分であった「賃金労働」が、近代の階級闘争を経たうえで、社会を調整し安定させる最大の仕組みに進化していった過程を、フランス史を中心に丹念に追跡した大著。僕の膂力では読通すのに相当骨が折れましたが、その甲斐はあったと思います。毎月あたりまえに手にしている「賃金」というものが、単に労働の対価(報酬)というだけでなく、安心して生活するための原資となり、余剰は貯蓄に充てられ、消費を通して経済をまわしていくための媒体にもなっているということがよくわかりました。さらにはフランスや日本においては「賃金労働」制度に厚生年金や労働保険が組み込まれており、社会の安定は「賃金労働」のデザインに依存しているといっても過言じゃないのかもしれませんね。しかしながら、近年、フランスにおいても日本においても、この社会的な安定が崩壊しつつあるのは周知の事実。そのあたりのプロセスも知りたい方には、本書のの追補版ともいえそうな『都市が壊れるとき』の併読をお勧めします。「社会の不安定化が都市部で顕在化している」のではなく、「都市空間の特性こそが社会の不安定化を生み出す原因となっている」という論旨はなかなか刺激的です。

社会問題の変容 ―賃金労働の年代記―

社会問題の変容 ―賃金労働の年代記―


以上でっす。今年もフィクション部門は豊作で、うえにあげた三冊以外にもピースの『占領都市』や、ケッチャムの『ザ・ウーマン』などの傑作があるんですよね。正直、甲乙つけがたい。さらには『エコーメイカー』、『2666』、『フリーダム』といった大作を積み残したまま年を越すことになってしまい、ぜひ来年は腰を据えて読みたいなあ、なんて野望も。しかし、ホラーリーグの日記にも書きましたが、年々楽しみに費やせる時間は減る一方で、とてもやり遂げる自信はありませんね〜(泣

おそらく来年もほとんど更新されないブログになるかと思いますが、どうか年末だけでも覗きにきていただければ幸いです。それでは皆さん、どうぞ良いお年をお迎えくださーい!