軸褒め

「一目上がり」の続きです。紹介した動画では「九(句)」まで目が上がっていましたが、寄席なんかでは「七」でサゲることが多いみたい。「七」は七福神で縁起がいいし、「九」まで演るとちょっと冗漫だから、なんて言われているそうです。だから「九」まで演るときは「一目上がり」じゃなくて、「軸褒め」って別の呼び方があるんだとか。まあ、そんな蘊蓄はおいといて、「八」と「九」の紹介です。


■『回想のビュイック8』スティーヴン・キング

 「階層」から「回想」への一目上がり。おまけに「スタートレック」のトリブル繋がりという、ささやかな奇跡までついてきた。ああ、誰かとこの感動を分かち合いたいわ・・・
 

 
 『アンダー・ザ・ドーム』では個性的なキャラクター造形を、『11/22/63』では力づよく感動的な物語を堪能させてくれたキングですが、この『回想のビュイック8』は、さしづめキングの「語り口」を味わえる一冊といえるかもしれません。

 警察署が押収した不気味な車を縦糸に、その車に魅せられた親子と彼らをとりまく警官仲間の絆を横糸に、田舎町の日常が織りあげられていく・・・舞台もほとんど移動せず、際立った登場人物もいない、劇的な事件もほとんど起こらない・・・

 映画にたとえると俳優(キャラクター)に頼るのでもなく、脚本(プロット)に頼るのでもなく、監督の演出力が試される作品ってあるじゃないですか。スピルバーグでいえば、「カラー・パープル」とか「太陽の帝国」とか「戦火の馬」とか。プロモーションにはちょっと苦労するけど、作家の地力が確認できるような作品。

 この『回想のビュイック8』もそんな作品だと思います。『アトランティスのこころ』にも通じるけど、冗漫さも含めて本当に好き。長らく積んだままの『リーシーの物語』も同じ匂いがするんだけど、きっと「文庫化」の告知をみてあわてて読むんだろうなあ(笑
 

回想のビュイック8〈上〉 (新潮文庫)

回想のビュイック8〈上〉 (新潮文庫)

回想のビュイック8〈下〉 (新潮文庫)

回想のビュイック8〈下〉 (新潮文庫)

 
 
■『モンド9』ダリオ・トナーニ

 「モンド9(ノーヴェ)」という架空の世界を舞台にした連作中編集。主人公は、モンド9を覆う広大な砂漠を航行するために作り出されたロブレドという巨大船です(乗組員や密航者といった登場人物は、この巨大船や世界を語るための狂言回しという趣)。外部の材料(ときには乗組員さえ!)を摂取し、分解し、自らの血肉(オイルと金属)として生き延びていく様はまるで生物。そう、「生きた車」からの一目上がりは「生きた船」というわけです。

 水上をいく船のプロペラに相当する継手タイヤは船本体よりも自らの生存を優先するプログラムで行動し、ときに宿主(?)のロブレドを見捨てて逃げ去っていく・・・ロブレドに巣食う機械鳥は外部から資源を調達しては卵を産み、卵から孵った幼鳥は、ロブレドの部品として自らが補充されるべく箇所に収まる・・・もはや生物というよりも、小さな生態系といったほうがいいかもしれません。
 
 解説によると、著者は「モンド9」を舞台にした作品を本書収録作以外にもいくつか発表しているようですね。今後、プリーストの「夢幻諸島」シリーズよろしく、この悪夢のような世界(モンド)の生態系が広がっていくのかと思うと楽しみです。
 

モンド9 (モンドノーヴェ)

モンド9 (モンドノーヴェ)

 
 
 そういえば、「八」と「九」でむかしこんな日記書いていました。