ネザーランド/ネバーランド

ジョセフ・オニール『ネザーランド』を読了。

タイトルの『ネザーランド』は、当然、主人公ハンスの母国であるオランダのことを指しているのだとばかり思っていたのですが、「訳者あとがき」によると実は別の意味が隠されているのだそうで。

(以下引用)「なお、Netherlandという原題はオランダを連想し、主人公もオランダ人ではあるが、オランダは"Netherlands"という複数形で表記する。本書で触れられているとおり、現在のニューヨーク市はオランダの植民地だった場所で、一六六七年までニュー・アムステルダムと呼ばれ、ハドソン川流域とデラウェア下流全域(ニューヨーク州ニュージャージー州コネチカット州デラウェア州にわたる)はNew Netherlandと呼ばれていた。この原題はそこから来ているようだ。また、Netherlandには、地下の国、低い土地という意味も含まれている。」

なるほど。「ネザーランド」というのはオランダのことだけではなく、物語の主要な舞台となっているニューヨークを、さらにはミドルエイジ・クライシスに陥った主人公の心理的なポジションである「低地」をも暗示したタイトルだったんですね。これだけでも十分に素晴らしいタイトルだと思うのですが、一読してぼくは、このタイトルにあえてもうひとつ別の意味を重ねてみたいという欲求を感じました。ハンスを人生の迷子(ロスト・ボーイ)と見立てるのであれば、やはり「ネザーランド」は「ネバーランド」でもあるのではないか、と。

そう考えてみると、こんなシーンもなんだか「ピーターパン」めいて見えてくるような。

(以下引用)「グーグルの衛星写真機能を使って、毎晩こっそりイングランドの上空からロンドンの家を眺めていた。アメリカ合衆国の混成された地図から出発し、北大西洋を渡って成層圏から落下していった。(中略)そして、イングランドのグランサムからヨーヴィルベッドフォードからブライトン。そして大ロンドンへ。(中略)息子の部屋の屋根窓が見えた。大気の加減で膨らんで見える青いプールとBMWも見えた。しかしそれ以上は降りられなかった。近づけなかった。ぼくは立ち往生した。」

『ネザーランド』は、ミドルエイジ・クライシスに陥ったハンスというロストボーイが、ネバーランド(ネザーランド/ニューヨーク)において奇妙なカリスマ性と暴力性、そして「夢見る力」を兼ね備えたピーターパン(チャック・ラムキッスーン)と出会い、やがて実人生(ロンドン)に帰還していくという、大人のための童話なのかもしれないなあ。

表紙の挿画に漂う浮遊感も、ますます素敵だ。


ネザーランド

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