読まれるのを待つ、一冊の本

先日、翻訳ミステリー大賞シンジケートというサイトに『幸福の遺伝子』という本の書評を掲載していただきました!一流の翻訳家、編集者、書評家の皆さんが運営するサイトに載せていただけるなんて夢のよう。書評にも書きましたが、この本はいろいろな読み方を許容し、いろいろなことを考えさせてくれる一冊です。何より、ぼくに「幸福」を運んでくれましたし。ぜひ、多くの方に読んでいただきたいなあ、と思っています。

幸福の遺伝子

幸福の遺伝子


さて、ここからが本題。

じつは今日ご紹介したいのは、イーディス・パールマン『双眼鏡からの眺め』という短編集です。『幸福の遺伝子』の書評で「人は読まれるのを待つ一冊の本」と書きましたが、この『双眼鏡からの眺め』はまさにそんな一冊なのです。ここに収録された作品の登場人物たちは、いずれも特別な人物ではありません。ほとんどの作品では特別な事件も起こりません。それでも、パールマンが切り取ると、彼らの人生の一場面が途方もなく美しい文学に昇華する。。。その描写力は、まるで魔法です。

いずれの短編も、叙述か叙情かといわれれば圧倒的に叙述の作品なのですが、読み手の情動を激しく揺さぶる力を秘めています。それも喜怒哀楽みたいな感情の原色ではなく、すごく微妙な中間色。にもかかわらず、喜怒哀楽に匹敵する強さで読者を揺さぶってくるのです。著者自身、インタビューで「わたしはもっぱら細密画家」とおっしゃっていたそうですが、まさにまさに。プロットよりもむしろ細部の描写のリアリティに支えられた作品たちが精選されています。

そして、もうひとつ指摘したいのは、パールマンの作品の「閉じ方」の巧さです。「画竜点睛」という言葉がありますが、彼女の最後の一文の切れ味は本当に凄まじいものがありますね。その切れ味が、この短編集をベタベタしたヒューマニスティックなものからきっぱりと隔てています。

短編集はよく宝石箱にたとえられますが、ここに大切にしまわれている宝石を連想するなら、それは「真珠」ではないでしょうか。もちろん、著者名"Pearlman"からの連想なんですけどねww でも、生き物の中で時間をかけて作られる真珠という宝石こそが、やっぱりこの短編集には相応しいようにも感じます。色も形も不揃いな34粒の真珠。ぜひ手にとって、その美しさに息をのんでほしいと思います。

双眼鏡からの眺め

双眼鏡からの眺め