内側にあるものと外側にあるもの【再掲】
久しぶりに恩田陸の長編を読んでます。『夢違』っていう作品なんですけど、これ読んでいて、以前mixiに書いた日記を思い出しました。『精霊と結婚した男』という文化人類学関連の本の感想だったのですが、ちょっと再掲してみようかと思います。
(以下、2006年8月16日のmixi日記から転載)
「本書は、文化人類学叢書というシリーズの一冊で、アメリカ人の人類学者が、モロッコで出会った文盲のかわら職人の「内的世界」をインタヴューした記録です。いわゆる民族誌としてはユニークな記録で、それは研究対象(インフォーマント)の「語り」だけでなく、「騙り」にも重要な意味を見いだしている点です。表題が示す「精霊と結婚」しているという、とても現実とは受け容れがたい「騙り」を、かわら職人トゥハーミの「内的リアリティ」として受け容れていく姿勢は、人類学的というよりも、むしろずっと精神分析的なアプローチではないでしょうか。
トゥハーミが語る/騙る世界には、現実に存在する親族や近所の人たちに混じって、精霊や聖者が普通に存在していて、実際の事件も夢のなかの出来事も厳密に区別されていないようです。しかし、そのインタヴューから立ち現れてくるのは、イスラーム社会の底辺で、ほとんど利用できる資源もないまま、自分の自由にならない人生を足掻きながら生きている一人のプロレタリアートの姿なんです。
彼が「精霊」を外在化させることで、思いどおりにいかない人生を受け容れていくのだ。と理解するのは簡単かもしれません。でもね。ぼくは、それを反対に考えてみたい気もするのです。つまり、現代を生きるぼくたちは、過去の人たちが「精霊」や「妖怪」として外在(存在)させた人生の思いとおりにいかない要素を、「無意識」とか「葛藤」とか「抑圧」とか、そんな小難しいオブラートに包んで、無理やりに自分のなかに飲み込まされているんじゃないか。本来は外に存在するものを、内在化しているのではないか、と。
ここで質問。「アラジン」で魔法のランプに封印されていた魔人ジーニーは、イスラム文化の底辺に生きる若者の「抑圧」された欲望のメタファーなのか?それとも、ぼくたちが無意識という魔法のランプに「封印」している欲望こそが、魔人ジーニーのメタファーなのか?この問いにいたって、観察者と被観察者の関係は相対化を経て、突如崩壊してしまいます。それは、「語り」と「騙り」が逆転する瞬間。インタヴューはここで終焉を迎えます。
終章で。インタヴューから数年後にモロッコを訪れた著者は、そこでトゥハーミの死を聞かされます。「私は彼の義兄弟を捜し出そうと努めたが、彼が手紙に書いた住所に住んでいる者は、誰もそのような男のことなど聞いたことがないと言った。」
この本は、本当に民族誌だったのだろうか。本当はモロッコで「精霊と結婚した男の夢をみた男」の騙りだったのではないだろうか。。。」
そうそう、思い出してきました。この日記を書いた当時、人の内側にあるものと外側にあるものっていうテーマに関心があったんですよね。フロイトの登場以降、それまで人の外側にあった世界の一部が、どんどん人の内側の世界(無意識)に封印されていっちゃったんだなあ、なんて。。。いや、これじゃあまりにも乱暴な要約ですけど。
そんでもって『夢違』。まだ途中なんですけど、「夢」と「集団意識」をモチーフに、人の内側と外側の境界がどんどん溶解していくというい展開がなんとも不気味ですね。全国の小学校で同時多発的に発生する「集団悪夢」っていう物語の端緒も、すごく好みなんだよなあ。児童の想像世界っていう切り口で読むと、松本大洋の『GOGOモンスター』なんかとも通じるところがあるかもしれないですね。『GOGOモンスター』、年末年始に再読してみようかな。
追記:物語の後半にさしかかって出現した「霧」もこえーよ。「霧」が彼岸と此岸の境界になっているって設定は、キング「ミスト」やカーペンター「ザ・フォッグ」にも通じるけどさ。でも、『夢違』の設定で面白いのは「夢」と「霧」が交換可能な等価物として描かれているところ。この物語では、内側と外側が「夢中/霧中」において接続しているんですね。
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