そして僕は途方に暮れる

ここのところ『幸福の遺伝子』『HHhH』と立て続けにメタフィクション的な作品を紹介していますが、この『ミスター・ピーナッツ』もまたメタ的な趣向を凝らした一冊です。『幸福の遺伝子』が「遺伝子」を模した小説だとすれば、『ミスター・ピーナッツ』は、さしづめ「結婚生活」を模した作品ということができるのかもしれません。


結婚生活13年目(偶然にもわが家と一緒!)を迎えたデイヴィッドは、妻・アリス殺害を夢想する日々を送っています。そんなある日、アリスがピーナッツに対するアレルギー反応で急死します。駆けつけた刑事に対して、デイヴィッドは「アリスの自殺」を主張しますが・・・果たしてその真相は?

一見、何の変哲もないミステリーのように幕を開ける本作ですが、物語はやがて定石を外れ、徐々に捩れていきます。妻殺しの嫌疑をかけられたデイヴィッドによる結婚生活についての独白、そのデイヴィッドが妻に隠れて書き続けていた謎の小説、さらに捜査を担当する二人の刑事たちの結婚生活。並行して語られる複数のエピソードは、やがて奇妙な交差を見せはじめ・・・。「デイヴィッドはアリスを殺したのか?」という謎を追いかけていた読者は、いつしか自分が辿っていたはずの道筋を失っていくでしょう。交差するエピソードの迷路をさまよい、それでも、なんとか最後のページにたどりついた読者を待っているのは、どんな結末なのでしょうか。


結論からいえば、この作品に結論はありません。最後の1ページを読み終えると、より多くの謎を抱えて、また最初の1ページに戻ってしまいます。読者は捩れた円環構造、つまりメビウスの輪に囚われてしまった自分に気がつくでしょう。

いや、そんなことはありません。ちゃんと読めば、この小説には結論があることがわかるはずです。じつに巧妙に隠されていますが、ミステリーの解答もきちんと用意されています。それこそが、円環構造を持つこの小説の出口です。


どっちだよ!と思った方、ぜひ本書を手にとってみてください。そして出口を見つけることができた方は、こっそりぼくに教えてくださいw 正直いうと、ぼくはすっかりこの小説に囚われてしまった口です。この捩れた円環構造のなかをぐるぐるさまよいながら、「ああ、これって結婚生活そのものだよね」なんて途方に暮れちゃっています。

そうそう。皆さんにぜひ本書を手にとってほしい理由が、もうひとつありました。それは本書の装丁の美しさ。個人的には、ここ数年購入した本のなかでも抜群です。こんなに美しい迷路であれば、いつまでもさまよっていたいわあ・・・と思わせるところも、わが結婚生活とシンクロするのかもしれません、ね。ね。ね。

ミスター・ピーナッツ

ミスター・ピーナッツ