過去は共鳴し、過去は谺する

スティーヴン・キングの新作『11/22/63』が発売されました。一風変わったタイトルは、ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺された日付、1963年11月22日に由来します。

「過去にタイムスリップした主人公が、ケネディ暗殺を阻止すべく奮闘する」

・・・白状します。発売前にこのあらすじを知ったときは、正直、あんまり食指が動きませんでした。だって、もしキング以外の作家がこんなネタで新刊出すってわかっても、みんなもスルーしちゃうでしょ?

しかし。そこは、さすが帝王キングですよ!「ケネディ暗殺」という使い古された食材と、「タイムスリップ」という手垢のついた調理法を選びながらも、しっかりと帝王にしか作れない絶品の一皿に仕上げてきました。あえて難をいえば、「ちょっとだけ塩味が強いかなあ」と思ったくらい。でも、それも違った。この塩味、ぼくの流した涙の味だった。なにこれ。ぼく、食べながら泣いてたよ。

食指が動かないなんて生意気いって、すみませんでした。もし、ぼくもタイムスリップできたら、そんなこと言ってた過去の自分を殴りにいきます。ほんっとに、ごめんなさい。


さあ、ここまで読めば、もうみんな書店に走っていることと思いますが、万が一、まだグズグズしている人がいるといけないので、もう少しだけ感想を書いてみたいと思います。


ケネディ暗殺というアメリカ史、いや、世界史の分水嶺ともいえる1963年11月22日という日付のほかに、本書にはもうひとつ重要な日付が登場します。その日付とは、主人公ジェイクがタイムトンネル(穴?階段?スポット?)を抜けて過去に足を踏み入れる日付、1958年9月9日(09/09/58)です。つまり、この物語は1958年9月9日から1963年11月22日という「5年間」に濃縮された物語だといえます。

個人的には、この「09/09/58」という設定こそが『11/22/63』を傑作たらしてめている隠し味であり、キングの天才の発露なんじゃないかと感じています。

まずは物語内の時間設定として、Xデーである「11/22/63」との距離(5年間)が絶妙なんですね。異邦人として過ごすには長すぎる、かといって使命を忘れるには短すぎる・・・そのジレンマに引き裂かれるジェイク(いや、ジョージか)。この近すぎず、遠すぎずという設定こそが、『11/22/63』が醸す強烈な哀愁の源泉になっていることは間違いないでしょう。

さらにアメリカ史という文脈でみても、この時代設定を選んだことは、キングにとって必然だったように思えてきます。濃厚なルートビアプリマス・フューリーといった小道具に象徴される古き良きアメリカ。それは他のキング作品でもお馴染みのモチーフですが、本書において、それはひときわ美しく描かれています。

きっとキングにとって、「11/22/63」という日付はアメリカ現代史における「日没」なんだろうなあ。地平線に沈みゆく太陽の残照がすべてを美しく照らしだす(それは同時に、暗い夜の到来を予感させもする)、そんなアメリカ史の黄昏時=5年間が、過剰なまでにノスタルジックな筆致で描きあげられています。

これだけでも「09/09/58」には十分な必然性があるように思えますが、さらにもうひとつ、この日付には重要な意味が隠されています。それは『11/22/63』という物語単体の枠を超えて、キングの書誌的な世界における意味です。

ぼくも読み進めるうちに思い出してきたのですが、この1958年9月という時間は、あの『IT』で描かれた少年時代の直後にあたっているのです。しかも『11/22/63』前半が展開するのは、『IT』の舞台であり、キング世界におけるアーカムともいうべき悪夢の町デリー!この設定にぞくぞくしないキングファンはいないでしょ!

しかもこの設定、単なるくすぐりや読者サービスというレベルじゃないんです。

(以下『11/22/63』より引用)「「ダラス、デリー」(中略)「デリー、ダラス」どちらの地名も二音節から成り、切れ目はふたつの連続のおなじ文字で、焚きつけの小枝を曲げた膝に叩きつけたように単語をふたつにぽっきり区切っている。この街にはいられなかった。」

(以下『11/22/63』より引用)「あなたは「デリーはダラスだ」といってた。そのあと言葉をあべこべにして、「ダラスはデリーだ」っていった。これってどういうこと?覚えてる?」

引用文からもわかるとおり、キングは、"IT"に取り憑かれた町デリー(Derry)と、ケネディ暗殺の舞台となったダラス(Dallas)を、呪われた姉妹都市として描いています(もちろん、ここで連想してほしいのは『シャイニング』、『グリーンマイル』、『悪霊の島』などで強迫的に描かれる双子の姉妹ね)。

先に挙げた「09/09/58」と「11/22/63」いうふたつの時間、そして「デリー」と「ダラス」というふたつの空間。その狭間で繰り広げられるこの物語は、キングが自ら作り出した架空世界と、自ら生きたアメリカという現実世界を接続しようとした試みにも思えてきます。



もしあなたが、これまでキングの作品を読んだことがなかったのであれば、ぜひ本書を手に取るべきです。主人公ジェイクと一緒にタイムトンネルを抜けた先には、希代のストリーテラーによる哀しくも美しい最高の物語体験が待っています。この物語は、初心者であるあなたをやさしく受け止め、キングの作品とダンスする方法を教えてくれるでしょう。

そして、あなたがすでにキングのファンなのであれば、絶対に本書を手に取らなければいけません。あなたはきっと、タイムトンネルの先の物語のすみずみで過去のキングの作品たちが共鳴し、谺(こだま)していることに気がつくでしょう。そして、初めてキングの世界に足を踏み入れた旅行者よりもずっと自然に、もっと親密に、この物語とダンスできるはずです。


おまけ:
さらに、もしも、もしもあなたがジェイムズ・エルロイのファンでもあるならば、タイムトンネルの先で意外な出会いが待っています。このタイムトンネルは、架空世界と現実世界を繋げ、さらにはアメリカの地下世界(アンダーワールド)にまで通じているのですから。


11/22/63 上

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