イン・ザ・ムード、イン・ザ・ドーム

 前回、スティーヴン・キングの最新刊『11/22/63』を紹介しましたが、この作品は豊穣なキング世界への入口として最適の一冊だと思います。あのタイムトンネルは作品内の過去につながっているだけでなく、じつはキングの広大な作品世界への入り口にもなってるという仕掛け。そこで今回は、過去のキング作品のなかでもオススメの作品、しかもタイムリーな一作をご紹介したいと思います。


 『アンダー・ザ・ドーム』は、ちょうど『11/22/63』のひとつ前に邦訳された長編になります。メイン州の片田舎、何の変哲もないチェスターズミルという町が、ある日突然透明なドームに覆われてしまいます。原因は不明、破壊は不能。はたして、孤立無援の絶望的状況に置かれた住民たちの運命は・・・

 『11/22/63』の発売前は「食指が動かない」なんていっていたぼくですが、この『アンダー・ザ・ドーム』のあらすじを知ったときは、かなり興奮した記憶があります。それというのも、この設定が「田舎町殺し」と「閉じ込め」というキングのライフワークともいえる二つの重要テーマ(と勝手に認定)の交差点になっていたからです。

 キングは、これまでも『呪われた町』という作品でセイラムズ・ロットという町を、『ニードフル・シングス』でキャッスルロックという町をフルボッコにし、さらに『IT』ではデリーという町を半殺しの目に合わせています。キングの「田舎町殺し」については、このブログでも以前に自説を開陳しましたので詳しくはそちらに譲りますが、この『アンダー・ザ・ドーム』はそのテーマのひとつの完成形といえるでしょう。ミニチュア・マニアのように、架空の町とその住人たちを丁寧に丁寧に作りこんでいく(しかも、破壊するために!)キングの筆が冴えわたります。

 さらに、「閉じ込め」ですよ。『シャイニング』では幽霊ホテルに、『クージョ』では自動車に、『ミザリー』ではファンの自宅に、『ジェラルドのゲーム』では別荘に、「霧」ではスーパーマーケットに、「第四解剖室」では自分自身の肉体に、「どんづまり」ではトイレに・・・生涯において、ひたすら「閉じ込め」られることの恐怖を描き続けてきたといっても過言ではないキングが、ついにひとつの町をまるごと「閉じ込め」ちゃうっていうんですから、興奮しないわけがないんです。

 (余談ですが、個人的には、キングの「閉じ込め」への執着は、「ドランのキャデラック」という短編にもっとも象徴的に描かれていると思います。なんといってもネバダ砂漠という空間を舞台に選びながら、落とし穴に落としたキャデラックを生き埋めにしようというあらすじなんですから。もう、どんだけ「閉じ込め」が恐いんだよ、とw)

 おそらく「田舎町殺し」、「閉じ込め」というテーマは、キング自身の根源的な恐怖に根ざしているんでしょうね。だから、このテーマの系譜に属する作品は名作ぞろいなんだろうし、この二つのテーマが交差する『アンダー・ザ・ドーム』は傑作になるべくして生まれた、まさに、キング作品におけるサラブレッドなんですよ!


 『アンダー・ザ・ドーム』を傑作だと考えているのは、何もぼくだけではありません。その証拠に、この作品はアメリカで連続ドラマ化され、大きな反響を呼びました。製作はあのスピルバーグ率いるアンブリンです。キングとスピルバーグというエンターテイメント界の二人の帝王のコラボレーション、これは期待するなというほうが無理でしょう。しかも、このドラマ、なんと10月18日から日本でも無料で視聴できるんですって!(←もはやステマをかなぐり捨てた感)

 こんな状況を出版社だってスルーするはずがありません。単行本の発売から二年しか経過していないにもかかわらず、スピード文庫化!さあ、もう迷う必要はありませんね。今日は会社帰りに書店に寄って『アンダー・ザ・ドーム』の文庫を買って帰ろうじゃありませんか。そして家に帰ったら、ページを開くまえに10月18日のBS258chの録画予約もお忘れなく。


 『11/22/63』でイン・ザ・ムードに酔ったあなた、お次はイン・ザ・ドームでキングの「恐怖の帝王」というもうひとつの顔(そして、真の姿?)をじっくり堪能していただきたいと思います。