今年の3冊(2013年)

毎年おなじで芸がありませんが、今年も読んだ本のメモと記憶に残った三冊を。

□今年読んだ本(読んだ順番で)
『ソロモンの偽証』(1・2・3)宮部みゆき
エクソシストウィリアム・ピーター・ブラッティ
『のめりこませる技術』フランク・ローズ
『世界が終わるわけではなく』ケイト・アトキンソン
『沈黙の町で』奥田英朗
『ガール・ジン』アリスン・ピープマイヤー
『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』小宮正安
『ウィルソン氏の驚異の陳列室』ローレンス・ウェシュラー
『カールシュタイン城夜話』フランティシェク・クプカ
『夜毎に石の橋の下で』レオ・ペルッツ
『火葬人』ラジフラフ・フクス
『もうひとつの街』ミハル・アイヴァス
『掏摸』中村文則
『博物館の裏庭で』ケイト・アトキンソン
『コリーニ事件』フェルディナント・フォン・シーラッハ
『闇の奥』辻原登
『空白の五マイル』角幡唯介
『雪男は向こうからやってきた』角幡唯介
『マンガ・ホニャララ』ブルボン小林
『スーパー・ゴッズ』グラント・モリソン
『落語を聴かなくても人生は生きられる』松本尚久・編
『機械男』マックス・バリー
『幸福の遺伝子』リチャード・パワーズ
『ブラック・ホール』チャールズ・バーンズ ※グラフィックノベル
『双眼鏡からの眺め』イーディス・パールマン
『夏 プリズンホテル(1)』浅田次郎
『デッドボール』木内一裕
『HHhH プラハ、1942年』ローラン・ビネ
ヒストリー・オブ・バイオレンス』ジョン・ワグナー、ヴィンス・ロック ※グラフィックノベル
『チャイルド・オブ・ゴッド』コーマック・マッカーシー
『「妻殺し」の夢を見る夫たち』中村靖
ゴーン・ガール』(上・下)ギリアン・フリン
『ミスター・ピーナッツ』アダム・ロス
『1922』スティーヴン・キング
『ビッグ・ドライバー』スティーヴン・キング
『完本 酔郷譚』倉橋由美子
『夢の通い路』倉橋由美子
『状況に埋め込まれた学習』ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー
『ブロデックの報告書』フィリップ・クローデル
予告された殺人の記録ガルシア・マルケス
『無分別』オラシオ・カステジャーノス・モヤ
『学習のエスノグラフィー』川床靖子
『11/22/63』(上・下)スティーヴン・キング
『IT』(1・2・3・4)スティーヴン・キング
『シャドウ・ストーカー』ジェフリー・ディーヴァー
『エコー・メイカー』リチャード・パワーズ
『リブラ 時の秤』(上・下)ドン・デリーロ
『家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』小野一光
『凶悪 ある死刑囚の告発』「新潮45」編集部
『白酒ひとり 壺中の点』桃月庵白酒
『雲助、悪名一代』五街道雲助
『落語の国の精神分析藤山直樹
宅間守 精神鑑定書』岡江晃
『ジェイコブを守るため』ウィリアム・ランデイ
『遮断地区』ミネット・ウォルターズ
『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット
『終わりの感覚』ジュリアン・バーンズ


【フィクション部門】

■『ブラック・ホール』チャールズ・バーンズ
 小野耕世『世界コミックスの想像力』で紹介されていた伝説のグラフィックノベル、『ブラック・ホール』が待望の邦訳。とにかく画から受けるプレッシャーがすごい。モノクロというよりも、モノ黒とでも呼びたくなります。口腔、性器、傷口、といった穴から闇が滲みだしてくる、いや、闇が湧きだしてくるような描写に圧倒されました。このコーナーは原則、マンガ、グラフィックノベル、ベーデー系を対象から外しているんですが、これは例外です。

ブラック・ホール (ShoPro Books)

ブラック・ホール (ShoPro Books)

■『双眼鏡からの眺め』イーディス・パールマン
 この作品の素晴らしさについてはすでにブログに書きましたが、年末にもう一回プッシュさせてくださいよ。その後、Twitterでもたくさんの絶賛の声を見かけましたが、なかでも「この短編集は一気に読んでしまったらもったいない」という感想が多かったですね。それ、すごくよくわかる!一編読むたびに心中に波紋が広がっていくようで、すぐに次の一編に取りかかれないんですよね。ぼくも通勤の東海道線に揺られながら、上り線で一編、下り線で一編と大切に読んでいました。

双眼鏡からの眺め

双眼鏡からの眺め

■『11/22/63』・『IT』スティーヴン・キング
 『11/22/63』は、見事に年末ミステリ・ランキングの双璧(「週刊文春」と「このミス」)を制しました。2011年の三冊に選んだ前作『アンダー・ザ・ドーム』は、キングのキャラクター造形の力技を実感できる作品でしたが、『11/22/63』はプロットの妙技を堪能できる作品だったんじゃないかと思います。そんなこと考えながら『IT』を再読したんですが、あらためて『IT』はすごいなあ、と。複数のキャラクターが登場する群像劇でありながら、プロットも過去と未来に行ったり来たり。これだけ複雑な構築物にもかかわらず、ほとんど読者にストレスを感じさせることなく物語内を闊歩させる筆力。最近の洗練された作品もいいですが、『IT』の「全部入り」感は本当にすごいですね。

11/22/63 上

11/22/63 上

11/22/63 下

11/22/63 下



【ノンフィクション部門】
今年は小説ばっかり読んでたなあ。というわけで、ノンフィクション部門は一冊のみにしておきます。

■『カール・ジン』アリスン・ピープマイヤー
 フェミニズムの歴史におけるジンの果たした役割を丁寧に追いかけた本でしたが、難しいことは抜きに、とにかく読んでいるとジンを作りたくなってくる一冊でした。ジンは以前から興味があったのですが、レタリングもイラストもできないし、DTPも、ましてや製本なんて・・・となかなか踏み出せずにいました。でもこの本を読んで、語りたいことがあるなら誰でもジンを作ることができる!という勇気をもらえました。今年「MOMOZINE」を作ることができたのは、この本を読んだ影響が大きかったですね。そういう意味で、忘れ得ぬ一冊になりました。

ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア

ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア


以上、今年は『幸福の遺伝子』の書評を翻訳ミステリシンジケートに掲載していただけたり、なんだか嬉しい一年でした。本当は『エコーメイカー』の感想もブログに書きたかったのですが、間に合わなかったなあ。まあ、いいやww

来年も無理をせず、ぼちぼち楽しい読書をしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします〜

※過去の三冊はこちらでご紹介しています。 2012年。 2011年。

ホラーリーグ・シーズン6(碌)! この碌でもない、素晴らしき恐怖映画

幼なじみと一緒に続けているホラーリーグも今年で6シーズン目。名前は大げさですけど、一年で13本のホラー映画を観るだけのお手軽企画です。今年は相棒に待望の第一子が誕生したりと本数がなかなか捗らず、見逃した作品も多かったのですが、DVD鑑賞も含めてなんとか13本を観了しました。これで年越せます(苦笑)

□エントリー作品(カッコ内の数字は全シーズン通算本数)
01(066) 「サイレント・ハウス@ヒューマントラストシネマ渋谷
02(067) 「キャビン」@チネチッタ川崎
03(068) 「死霊のはらわた」@109シネマズ
04(069) 「フッテージ@ヒューマントラストシネマ渋谷
05(070) 「ポゼッション」@シネマサンシャイン池袋
06(071) 「ABC・オブ・デス」@新宿武蔵野館
07(072) 「ディアトロフ・インシデント」@ヒューマントラストシネマ渋谷
08(073) 「ワールド・ウォーZ」@109シネマズ川崎
09(074) 「ロード・オブ・セイラム」@ヒューマントラストシネマ渋谷
10(075) 「キャリー」@新宿ピカデリー
11(076) 「サプライズ」@シネマカリテ
12(077) 「ビューティフル・ダイ」@ヒューマントラストシネマ渋谷
13(078) 「V/H/S シンドローム」@DVD鑑賞

それでは結果発表でございます〜

■最恐作品賞 : 「V/H/S シンドローム」(監督:アダム・ウィンガード、タイ・ウェストほか)
 「V/H/S シンドローム」は劇場で見逃してしまったので、年末にぼくらの秘密ホームシアターでDVD鑑賞しました。しかし、これがかえって良かった!タイトルにもあるとおりVHSをテーマにしたモキュメンタリーですから、劇場で大人数で観るよりも、プライベートシアターで「ぎゃーぎゃー」恐がりながら観る方がリアル!「リング」を大劇場で観るよりも、少人数でビデオで観るほうが恐いっていうのと同じですよね。来年早々に続編「V/H/S ネクストステージ」も来襲の予定。アダム・ウィンガードをはじめ一作目の監督もけっこう参加しているようなので超楽しみですね。


■最恐監督賞 : アダム・ウィンガード(「サプライズ」、「ビューティフル・ダイ」、「V/H/S シンドローム」)
 シーズン6は、アダム・ウィンガードを知ったシーズンとして記憶されるんじゃないでしょうか。まさに嬉しい「サプライズ」でした。「ビューティフル・ダイ」と「サプライズ」は主要キャストがほとんど一緒なのに、ぜんぜんタイプの違う作品に仕上がっていて、監督の職人ぶりが感じられたなあ。まだ若いのに。イギリス出身の監督ということで、「ドッグ・ソルジャー」とか「ディセント」の頃のニール・マーシャルを思い出しました。卒ない。今後の活躍に期待!


■最恐脚本賞 : サイモン・バレット(「サプライズ」)
 「サプライズ」を観ていない人もいると思いますのであまり詳しくは書きませんが、前半のホラーの定石と、それを逆手にとった後半の痛快な展開を堪能しました。「サプライズ」というタイトルながら決して奇をてらった映画ではなく、よく練られた脚本と卒ない演出で構成された佳作だと思いますね。監督賞のところでも書きましたけど、「サプライズ」と「ビューティフル・ダイ」はスタッフとキャストがほとんど一緒なんですよ。ぜひ、二本セットで観くらべてほしいなあ。


■最恐音楽賞 : ロブ・ゾンビ(「ロード・オブ・セイラム」)
 観客が感情移入して恐がれるキャラがほとんど出てこない映画でしたけど、音楽と奥さん(シェリ・ムーン・ゾンビ)が相変わらず大好きなんだなあ、って再確認させてくれる映画でしたね。っていうか、これってロブ・ゾンビのホーム・ムービーだよねww


■最恐視覚効果賞 : トッド・シフレット?(「キャビン」)
 「ワールド・ウォーZ」にするか、「キャビン」にするか、で悩んだのですが、最終的に「キャビン」に軍配を挙げました。技術的なものよりも「らしさ」が決めてです。「WWZ」がゾンビ映画にも関わらず残酷描写を極力抑えていたのに対して、「キャビン」は脚本のバカバカしさにぴったり合った、コミカルで「やりすぎ」感のある特殊効果がハマっていました。


■最恐主演女優賞 : クロエ・グレース・モリッツ(「キャリー」)
 いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのクロエちゃんですが、「モールス」以来二度目のエントリー。正直、はじめに「キャリー」役がクロエちゃんと聞いたときは、原作や前作のイメージとのギャップが大きすぎるんじゃ・・・と不安が膨らみました。でも蓋をあけてみれば、母親役のジュリアン・ムーアの怪演に対抗して、「キャリー」を母娘の物語として仕立て直すことに成功していました。なんといっても、これだけ大物になっても積極的に豚の血をかぶろうって心意気がいいですよね。来年は出世作キック・アス」の続編も控え、ますますクロエ嬢の活躍が楽しみでございます。


■最恐主演男優賞 : イーサン・ホーク(「フッテージ」)
 イーサン・ホークはシーズン3の「デイブレイカー」以来のエントリーでした。ホラーに限らないのですが、ハンサムなのにどこか陰がある、どこか危うさを感じさせるところがいいんですよね。暗い映画が似合うの。「フッテージ」での夫婦喧嘩のシーンとかも、スーパーナチュラルなストーリーをびしっと引き締めるんだよなあ。「フッテージ」は続編を意識したと思われるエンディングさえ抜かせば、作品賞あげたいくらい好きな作品でした。


■最恐助演女優賞 : ジュリアン・ムーア(「キャリー」)
 じつをいうと、今年は監督賞と助演女優賞が真っ先に決まりました。満場一致で(二人だけど!ww)、「キャリー」の狂信的な母親を演じたジュリンアン・ムーアに決定です。閉じ込められた納戸の扉を壊して出てこようとするシーンなんて、完全に「シャイニング」のあのシーンを意識してるでしょ!ww 「シャイニング」のジャック・ニコルソンを最狂の父親とするならば、ここに最狂の母親が誕生しましたよ。もう、超恐いから!


■最恐助演男優賞 : ジョー・スワンバーグ(「サプライズ」、「ビューティフル・ダイ」、「V/H/S シンドローム」)
 これまたアダム・ウィンガード組からの受賞。「サプライズ」、「ビューティフル・ダイ」、「V/H/S シンドローム」のすべてに出演していたジョー・スワンバーグ。一見いい奴そうなのに、じつは裏がありそうなニヤけ顔が印象に残りました。サム・ライミ作品におけるブルース・キャンベルのような存在になって欲しいものです。


■最恐特別賞 : ヒューマントラストシネマ渋谷
 シアターN渋谷の閉館後、BC級ホラーの新たなメッカとして奮闘してくれたヒューマントラストシネマ渋谷!今年は13本中5本を、ヒューマントラストシネマ渋谷で鑑賞しました。来年もヒューマントラストシネマ渋谷の「V/H/S ネクストステージ」でホラー初めの予定です。がんばってくれ、ヒュ!


以上。いやあ、ホラー映画って本当に素晴らしくて、ろくでもないですねえw

来年はいよいよ折り返しの第7シーズン(一応、13シーズンまでやる予定)です。家族の目を盗み、仕事を適当にサボりつつどうにか完走したいと思いまーす。

この落語家を聴いた!(2013年)

今年の落語会は10回。本当は月一回くらいは行きたいんだけどなあ。いまはこれくらいが限界だなあ。

「百栄一之輔 百夜一夜落語会」@成城ホール
 「子ほめ」春風亭一力
 「トンビの夫婦」春風亭百栄
 「短命」春風亭一之輔
 「七段目」春風亭一之輔
 「露出さん」春風亭百栄

春風亭百栄 百栄の落語100+」@横浜にぎわい座 のげシャーレ
 「牛ほめ」春風亭一力
 「リアクションの家元」春風亭百栄
 「ソング・コップ」川柳つくし
 「やかん泥」春風亭百栄
 「キッス研究会」春風亭百栄

「大手町落語会」@日経ホール
 「牛ほめ」柳家おじさん
 「野ざらし三遊亭兼好
 「四段目」林家正蔵
 「お直し」笑福亭鶴瓶
 「子別れ」柳家権太楼

柳家喜多八柳家三三 冗談いっちゃいけねえ」@なかのZERO 小ホール
 「桃太郎」三遊亭わん丈
 「高砂や」柳家三三
 「寝床」柳家喜多八
 「仏の遊び」柳家喜多八
 「締め込み」柳家三三

「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集」@鈴本演芸場
 「浮世床・本」桃月庵白酒
 「ぞめき」柳家喜多八
 「安兵衛狐」隅田川馬石
 「蔵丁稚」露の新治
 「火焔太鼓」柳家権太楼
 「らくだ」柳家さん喬

「よってたかって夏落語 昼の部」@よみうりホール
 「出来心」柳亭フラワー
 「浮世床・将棋、本」春風亭一之輔
 「首ったけ」桃月庵白酒
 「つぼ算」三遊亭兼好
 「黄金餅柳亭市馬

「雲助の弟子でござる 其の三」@深川江戸資料館 小劇場
 「無精床」三遊亭わん丈
 「犬の災難」桃月庵白酒
 「甲府い」隅田川馬石
 「鼠穴」蜃気楼龍玉

朝日名人会」@朝日ホール
 「もぐら泥」鈴々舎風車
 「万病円」桃月庵白酒
 「鰍沢五街道雲助
 「ふぐ鍋」三遊亭歌武蔵
 「浜野矩随」三遊亭円楽

瀧川鯉昇春風亭百栄 あやしいふたり」@月島社会教育会館ホール
 「饅頭怖い」瀧川鯉毛
 「馬のす」瀧川鯉昇
 「天使と悪魔」春風亭百栄
 「芝居の喧嘩」春風亭百栄
 「味噌庫」瀧川鯉昇

「こしら一之輔 ニッポンの話芸スペシャル」@成城ホール
 「宗萊の滝」立川こしら
 「尻餅」春風亭一之輔
 「薮入り」春風亭一之輔


【今年の三席】

■「仏の遊び」柳家喜多八
 喜多八師匠はご無沙汰だったのですが、久しぶりに聴いても安定の「気の滅入り」ぶり(苦笑)。喜多八師匠を聴くと、「ああ、仕事ってイヤイヤやってもいいんだなあ」って変な元気(?)をいただけます。「仏の遊び」って噺も最高で、仏像が吉原に遊びにいってモテまくるというエロチック・ファンタジー(違う?)。演者のやる気のなさと、内容のバカバカしさ。それって、ぼくが落語に求めるもの、ぜんぶ。


■「鼠穴」蜃気楼龍玉
 五街道雲助師匠のお弟子さんの会(白酒師匠、馬石師匠、龍玉師匠)で、トリを取った末弟の龍玉師匠。しきりに「やりづらい」とおっしゃっていましたが、どうしてどうして。「鼠穴」の醍醐味でもある「後味の悪さ」が滲み出ていて良かったなあ。龍玉師匠のろくでなし感というかチンピラ感が、この噺の厭味にぴったりなんだですよね(もちろん、褒めてます!)。雲助師匠の「凄み」みたいなものを引き継いでいくのは、龍玉師匠なんじゃないかなあ。
※ 残念ながら、龍玉師匠はCDもDVDもまだ出していないようです・・・


■「薮入り」春風亭一之輔
 昨年の「雛鍔」を聴いたときにも感じたのですが、一之輔師匠は子どもの出てくる落語がいいですねえ。いままさに子育てに奮闘している自身の姿が重なって、なんともいえない味が出てる。「薮入り」も、大いに笑いながらじんわり温かくなる、そんな素晴らしい一席でした。もちろん、聴いているぼく自身の子育てもそこに重なってくるわけですが。


こうやってふりかえってみると、今年の三席は笑える噺(仏の遊び)、ちょっと怖い噺(鼠穴)、ホロリとくる噺(薮入り)と、落語の幅の広さを感じさせてくれる三席になりましたね。そうえいば、今年は読書会の仲間にも落語ブームが飛び火して嬉しかったなあ。来年も、お小遣いと相談しながら、ぼちぼち聴いていきたいと思います〜

イン・ザ・ムード、イン・ザ・ドーム

 前回、スティーヴン・キングの最新刊『11/22/63』を紹介しましたが、この作品は豊穣なキング世界への入口として最適の一冊だと思います。あのタイムトンネルは作品内の過去につながっているだけでなく、じつはキングの広大な作品世界への入り口にもなってるという仕掛け。そこで今回は、過去のキング作品のなかでもオススメの作品、しかもタイムリーな一作をご紹介したいと思います。


 『アンダー・ザ・ドーム』は、ちょうど『11/22/63』のひとつ前に邦訳された長編になります。メイン州の片田舎、何の変哲もないチェスターズミルという町が、ある日突然透明なドームに覆われてしまいます。原因は不明、破壊は不能。はたして、孤立無援の絶望的状況に置かれた住民たちの運命は・・・

 『11/22/63』の発売前は「食指が動かない」なんていっていたぼくですが、この『アンダー・ザ・ドーム』のあらすじを知ったときは、かなり興奮した記憶があります。それというのも、この設定が「田舎町殺し」と「閉じ込め」というキングのライフワークともいえる二つの重要テーマ(と勝手に認定)の交差点になっていたからです。

 キングは、これまでも『呪われた町』という作品でセイラムズ・ロットという町を、『ニードフル・シングス』でキャッスルロックという町をフルボッコにし、さらに『IT』ではデリーという町を半殺しの目に合わせています。キングの「田舎町殺し」については、このブログでも以前に自説を開陳しましたので詳しくはそちらに譲りますが、この『アンダー・ザ・ドーム』はそのテーマのひとつの完成形といえるでしょう。ミニチュア・マニアのように、架空の町とその住人たちを丁寧に丁寧に作りこんでいく(しかも、破壊するために!)キングの筆が冴えわたります。

 さらに、「閉じ込め」ですよ。『シャイニング』では幽霊ホテルに、『クージョ』では自動車に、『ミザリー』ではファンの自宅に、『ジェラルドのゲーム』では別荘に、「霧」ではスーパーマーケットに、「第四解剖室」では自分自身の肉体に、「どんづまり」ではトイレに・・・生涯において、ひたすら「閉じ込め」られることの恐怖を描き続けてきたといっても過言ではないキングが、ついにひとつの町をまるごと「閉じ込め」ちゃうっていうんですから、興奮しないわけがないんです。

 (余談ですが、個人的には、キングの「閉じ込め」への執着は、「ドランのキャデラック」という短編にもっとも象徴的に描かれていると思います。なんといってもネバダ砂漠という空間を舞台に選びながら、落とし穴に落としたキャデラックを生き埋めにしようというあらすじなんですから。もう、どんだけ「閉じ込め」が恐いんだよ、とw)

 おそらく「田舎町殺し」、「閉じ込め」というテーマは、キング自身の根源的な恐怖に根ざしているんでしょうね。だから、このテーマの系譜に属する作品は名作ぞろいなんだろうし、この二つのテーマが交差する『アンダー・ザ・ドーム』は傑作になるべくして生まれた、まさに、キング作品におけるサラブレッドなんですよ!


 『アンダー・ザ・ドーム』を傑作だと考えているのは、何もぼくだけではありません。その証拠に、この作品はアメリカで連続ドラマ化され、大きな反響を呼びました。製作はあのスピルバーグ率いるアンブリンです。キングとスピルバーグというエンターテイメント界の二人の帝王のコラボレーション、これは期待するなというほうが無理でしょう。しかも、このドラマ、なんと10月18日から日本でも無料で視聴できるんですって!(←もはやステマをかなぐり捨てた感)

 こんな状況を出版社だってスルーするはずがありません。単行本の発売から二年しか経過していないにもかかわらず、スピード文庫化!さあ、もう迷う必要はありませんね。今日は会社帰りに書店に寄って『アンダー・ザ・ドーム』の文庫を買って帰ろうじゃありませんか。そして家に帰ったら、ページを開くまえに10月18日のBS258chの録画予約もお忘れなく。


 『11/22/63』でイン・ザ・ムードに酔ったあなた、お次はイン・ザ・ドームでキングの「恐怖の帝王」というもうひとつの顔(そして、真の姿?)をじっくり堪能していただきたいと思います。


過去は共鳴し、過去は谺する

スティーヴン・キングの新作『11/22/63』が発売されました。一風変わったタイトルは、ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺された日付、1963年11月22日に由来します。

「過去にタイムスリップした主人公が、ケネディ暗殺を阻止すべく奮闘する」

・・・白状します。発売前にこのあらすじを知ったときは、正直、あんまり食指が動きませんでした。だって、もしキング以外の作家がこんなネタで新刊出すってわかっても、みんなもスルーしちゃうでしょ?

しかし。そこは、さすが帝王キングですよ!「ケネディ暗殺」という使い古された食材と、「タイムスリップ」という手垢のついた調理法を選びながらも、しっかりと帝王にしか作れない絶品の一皿に仕上げてきました。あえて難をいえば、「ちょっとだけ塩味が強いかなあ」と思ったくらい。でも、それも違った。この塩味、ぼくの流した涙の味だった。なにこれ。ぼく、食べながら泣いてたよ。

食指が動かないなんて生意気いって、すみませんでした。もし、ぼくもタイムスリップできたら、そんなこと言ってた過去の自分を殴りにいきます。ほんっとに、ごめんなさい。


さあ、ここまで読めば、もうみんな書店に走っていることと思いますが、万が一、まだグズグズしている人がいるといけないので、もう少しだけ感想を書いてみたいと思います。


ケネディ暗殺というアメリカ史、いや、世界史の分水嶺ともいえる1963年11月22日という日付のほかに、本書にはもうひとつ重要な日付が登場します。その日付とは、主人公ジェイクがタイムトンネル(穴?階段?スポット?)を抜けて過去に足を踏み入れる日付、1958年9月9日(09/09/58)です。つまり、この物語は1958年9月9日から1963年11月22日という「5年間」に濃縮された物語だといえます。

個人的には、この「09/09/58」という設定こそが『11/22/63』を傑作たらしてめている隠し味であり、キングの天才の発露なんじゃないかと感じています。

まずは物語内の時間設定として、Xデーである「11/22/63」との距離(5年間)が絶妙なんですね。異邦人として過ごすには長すぎる、かといって使命を忘れるには短すぎる・・・そのジレンマに引き裂かれるジェイク(いや、ジョージか)。この近すぎず、遠すぎずという設定こそが、『11/22/63』が醸す強烈な哀愁の源泉になっていることは間違いないでしょう。

さらにアメリカ史という文脈でみても、この時代設定を選んだことは、キングにとって必然だったように思えてきます。濃厚なルートビアプリマス・フューリーといった小道具に象徴される古き良きアメリカ。それは他のキング作品でもお馴染みのモチーフですが、本書において、それはひときわ美しく描かれています。

きっとキングにとって、「11/22/63」という日付はアメリカ現代史における「日没」なんだろうなあ。地平線に沈みゆく太陽の残照がすべてを美しく照らしだす(それは同時に、暗い夜の到来を予感させもする)、そんなアメリカ史の黄昏時=5年間が、過剰なまでにノスタルジックな筆致で描きあげられています。

これだけでも「09/09/58」には十分な必然性があるように思えますが、さらにもうひとつ、この日付には重要な意味が隠されています。それは『11/22/63』という物語単体の枠を超えて、キングの書誌的な世界における意味です。

ぼくも読み進めるうちに思い出してきたのですが、この1958年9月という時間は、あの『IT』で描かれた少年時代の直後にあたっているのです。しかも『11/22/63』前半が展開するのは、『IT』の舞台であり、キング世界におけるアーカムともいうべき悪夢の町デリー!この設定にぞくぞくしないキングファンはいないでしょ!

しかもこの設定、単なるくすぐりや読者サービスというレベルじゃないんです。

(以下『11/22/63』より引用)「「ダラス、デリー」(中略)「デリー、ダラス」どちらの地名も二音節から成り、切れ目はふたつの連続のおなじ文字で、焚きつけの小枝を曲げた膝に叩きつけたように単語をふたつにぽっきり区切っている。この街にはいられなかった。」

(以下『11/22/63』より引用)「あなたは「デリーはダラスだ」といってた。そのあと言葉をあべこべにして、「ダラスはデリーだ」っていった。これってどういうこと?覚えてる?」

引用文からもわかるとおり、キングは、"IT"に取り憑かれた町デリー(Derry)と、ケネディ暗殺の舞台となったダラス(Dallas)を、呪われた姉妹都市として描いています(もちろん、ここで連想してほしいのは『シャイニング』、『グリーンマイル』、『悪霊の島』などで強迫的に描かれる双子の姉妹ね)。

先に挙げた「09/09/58」と「11/22/63」いうふたつの時間、そして「デリー」と「ダラス」というふたつの空間。その狭間で繰り広げられるこの物語は、キングが自ら作り出した架空世界と、自ら生きたアメリカという現実世界を接続しようとした試みにも思えてきます。



もしあなたが、これまでキングの作品を読んだことがなかったのであれば、ぜひ本書を手に取るべきです。主人公ジェイクと一緒にタイムトンネルを抜けた先には、希代のストリーテラーによる哀しくも美しい最高の物語体験が待っています。この物語は、初心者であるあなたをやさしく受け止め、キングの作品とダンスする方法を教えてくれるでしょう。

そして、あなたがすでにキングのファンなのであれば、絶対に本書を手に取らなければいけません。あなたはきっと、タイムトンネルの先の物語のすみずみで過去のキングの作品たちが共鳴し、谺(こだま)していることに気がつくでしょう。そして、初めてキングの世界に足を踏み入れた旅行者よりもずっと自然に、もっと親密に、この物語とダンスできるはずです。


おまけ:
さらに、もしも、もしもあなたがジェイムズ・エルロイのファンでもあるならば、タイムトンネルの先で意外な出会いが待っています。このタイムトンネルは、架空世界と現実世界を繋げ、さらにはアメリカの地下世界(アンダーワールド)にまで通じているのですから。


11/22/63 上

11/22/63 上

11/22/63 下

11/22/63 下

読まれるのを待つ、一五〇冊の本

今年一番のオシボンである『双眼鏡からの眺め』の訳者である古屋美登里さんが、ご自身の明治大学の講義で配布している読書リストを一般公開されました。小説を中心に150冊の本がリスティングされています。英米、フランス、ロシア、その他の国々、もちろん日本も。そして古典から新たらしい作品まで。地域も時代もバラエティに富んだ、いい意味で「説教臭くない」ほんとうに素敵なリストです(だって、『ブエノスアイレス食堂』まで入っているんだぜ!w)

このブログを読んだ(数少ない)あなた!ぜったいにダウンロードすること!!150冊の素敵な本が、あなたを待っています。

双眼鏡からの眺め

双眼鏡からの眺め

ブエノスアイレス食堂 (エクス・リブリス)

ブエノスアイレス食堂 (エクス・リブリス)

不穏な報告書

読むことで不可逆的な変化を蒙ってしまうような、そんな恐ろしい本に出会うことが時々あります。少し大げさかもしれませんが、読む前と読んだ後で、自分と世界との関係が否応なく変わってしまうような本。それも望ましからざる方向に。

今回ご紹介する『ブロデックの報告書』と『無分別』という二冊の小説は、ぼくにとって、まさにそんな本でした。

『ブロデックの報告書』はフランス、『無分別』はエルサルバドル、と遠く離れた文化に属するものの、この二冊には通底するものがあります。ともに実在したジェノサイド(『ブロデックの報告書』ではナチスによるホロコースト、『無分別』ではグアテマラにおける先住民族マヤ族の大虐殺)を題材に据えつつ、それ自体を直接語るのではなく、ある種の「記録」によって媒介された「暴力」が主人公たちの世界を徐々に侵し、破壊していくという構成です。

『ブロデックの報告書』の主人公は、自身が住む山村で起きた「異人殺し」の報告書を書くことを命じられます。一方、『無分別』の主人公は、先住民族の大虐殺に関する報告書の校閲の仕事の依頼を請けます。どちらの主人公も、自身の所属する集団において「書くこと/読むこと」に長けた人物として承認されているわけです。彼らは「書くこと/読むこと」を通して、次第に、忌まわしい「暴力」の記憶に侵されていきます。そして読者もまた、二人の主人公の忌まわしい体験を「読むこと」で、その「暴力」の連鎖に取り込まれ、否応なく書き換えられていくことになります。

「書くこと/読むこと」は記憶を延長します。さらに個人的な体験を周囲に拡大していきます。それこそが、わたしたちが日々享受している「書くこと/読むこと」の機能です。しかし、それは同時に、忌まわしい記憶を延長し、拡大していく道具にもなりえます。『ブロデックの報告書』と『無分別』、この二冊は「書くこと/読むこと」が必然的に孕む、ある種の暴力性に関する告発なのかもしれません。

皆さん、残念ですが、皆さんの知っていた無垢な内田桃人は、もう存在しないのです・・・(そんな内田桃人、知らねぇ・・・

ブロデックの報告書

ブロデックの報告書

無分別 (エクス・リブリス)

無分別 (エクス・リブリス)